就学相談が始まって、支援級か支援学校か迷っているお母さんへ。わが家が悩んで、決めて、今思うことをまとめました。
支援級・支援学校どうする?|自閉症児の長男Pくんが支援学校を選ぶまで
自閉症の長男Pくんが年長になった頃、わが家で一番大きな悩みになったのが就学先でした。
普通級?
支援級?
支援学校?
とはいえ、実は普通級は最初から考えていませんでした。
普通級は最初から難しいと思っていた
Pくんは保育園時代から加配の先生がついていました。
集団行動が難しかったり、急な予定変更でパニックになったり、突然走り出してしまったり。
そして発語も少なく、コミュニケーションを取るのが難しい状態でした。
当時はまだオムツも外れていませんでした。
だから正直、普通級はかなり難しいだろうなと最初から思っていました。
むしろ悩んでいたのは、「支援級か、支援学校か」でした。
支援級見学で言われたこと
地域の支援級を見学した時、先生から言われたのが、
「オムツの子は正直難しいです」
という言葉でした。
もちろん、先生も現実的な話をしてくださったんだと思います。支援級は人数も限られているし、先生の配置にも限界がある。
でも当時の私はかなりショックでした。
どこかで私は、「地域の学校へ通う未来」を思い描いていたんですよね。
だからその言葉で、「ああ、Pくんは支援学校なんだ」と現実を突きつけられた感覚がありました。
保育園卒園の時、少し泣けた
Pくんは保育園では、定型発達のお友達と一緒に過ごしていました。
もちろん加配の先生には支えていただいていましたが、毎日同じ教室で過ごして、一緒に遊んで、行事にも参加していました。
だから卒園の頃、「こうやって健常児のお友達と同じ環境で過ごすのは、これが最後なんだな」と思ったら、少し泣けました。
寂しかったんですよね。みんなと同じランドセルを背負って、地域の学校へ通う未来を、どこかで想像していたから。
“違う道”へ進むことを、あの時初めて実感した気がします。
支援学校に入って、私自身も救われた
でも実際に支援学校へ通い始めると、少しずつ気持ちは変わっていきました。
先生たちは特性への理解が深く、生活面も本当に丁寧に教えてくれる。
Pくん自身も、安心した表情で通っていました。
そして私にとって大きかったのが、同じ悩みを持つ保護者との出会いでした。
保育園時代は、周りに同じ境遇の方がほとんどいなくて、将来のことが見えませんでした。
でも支援学校に入ると、「中学どうする?」「高校卒業後は?」「就労支援って?」「グループホームって実際どう?」みたいな話が自然と入ってくる。
先を歩いている保護者の方から、リアルな情報をたくさん教えてもらえました。
▼ 支援学校入学時に買ったリュック。大きく開くので荷物の出し入れがしやすく、Pくんも気に入っています。

“見えなかった未来”が少しずつ見えるようになった
正直、就学前の私は、「この子の将来ってどうなるんだろう」という不安がすごく強かったです。
でも支援学校に入ってから、就労支援・作業所・障害年金・ショートステイ・グループホーム、そういう情報が少しずつ見えてきました。
もちろん不安がゼロになったわけではない。でも、”何も分からない怖さ”はかなり減りました。
そして、「この子なりの人生を作っていけばいいんだ」と思えるようになりました。
現在のPくんは小学部5年生。学校が大好きです
現在のPくんは、支援学校の小学部5年生になりました。毎日楽しそうに学校へ通っています。
学校であったことを詳しく伝えるのはまだ難しいですが、先生の名前や、クラスのお友達の名前をよく言っています。
きっと学校が安心できる場所なんだろうな、楽しい場所なんだろうな、と感じています。
もちろん大変なことがゼロではありません。でも今、Pくんの笑顔を見ると、「この選択で良かった」と心から思います。
できないことばかりを求められる環境ではなく、「できた!」「楽しい!」を積み重ねられる場所だった。支援学校は、Pくんにとって安心できる居場所になりました。
そして親の私自身も、学校と一緒に育ててもらった感覚があります。
▼ ずっと使っている上履き。中敷きが外れるので洗いやすく、メッシュ素材で蒸れにくいのがお気に入り。

就学は「正解探し」じゃなかった
当時は、「どっちが正解なんだろう」って必死でした。
でも今なら思います。就学って、”世間的に良い選択”をすることじゃなくて、その子が安心して通える場所を探すこと。
親が、「ここなら大丈夫かもしれない」と思えること。それが一番大事だったんだなと思います。
もし今、支援級や支援学校で悩んでいる方がいたら、ぜひ実際に見学へ行ってみてください。ネットだけでは分からない空気感が、きっとあると思います。


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